Q1賃上げ促進税制は、前年度より給与等を増やした中小企業が、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から差し引ける制度。賃上げの負担を税で一部取り戻せる。Q2中小企業向けは、給与等支給額が前年比+1.5%で増加額の15%、+2.5%でさらに15%上乗せ。教育訓練費の要件で+10%、くるみん・えるぼし認定で+5%を加え、最大45%まで控除できる。Q3赤字などで控除しきれなかった分は、最大5年間くりこして使える繰越控除が新設された。今は払う税が少なくても、賃上げの戻りを将来に持ち越せる。Q4賃上げを採算で捉える起点は、増えた人件費が固定費・変動費のどちらに、製品・案件あたりいくら乗るかを把握すること。税の戻りと採算の両面で判断できる。
賃上げは「コスト増」だけの話ではない
人手の確保のためにも、物価上昇への対応のためにも、賃上げは多くの中小企業にとって避けられないテーマになりました。賃上げは人件費という大きなコストを押し上げますが、それだけで終わる話ではありません。増えた人件費の一部は、税の側で取り戻せるからです。それを定めているのが賃上げ促進税制です。
賃上げ促進税制は、前年度より給与等を増やした中小企業が、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から差し引ける制度です。賃上げに取り組む企業を後押しする目的でつくられています。経営判断として大切なのは、賃上げを「人件費がいくら増えるか」だけでなく、「税でいくら戻り、採算にいくら乗るか」という正味の負担で捉えることです。そのためには、人件費がどの製品・案件にいくら乗っているかが見えている必要があります。
中小企業庁によれば、賃上げ促進税制は青色申告書を提出している中小企業者等が、一定の要件を満たしたうえで前年度より給与等の支給額を増やした場合に、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度です。令和6年度の改正で強化され、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度が対象とされています。
控除率の仕組み — 最大45%まで
中小企業向けの控除率は、賃上げの度合いと、教育訓練・両立支援の取り組みに応じて積み上がる設計です。国税庁・中小企業庁が示す要件は次のとおりです。
| 要件 | 上乗せされる控除率 |
|---|---|
| 雇用者給与等支給額が前年度比+1.5%以上 | 増加額の15% |
| 雇用者給与等支給額が前年度比+2.5%以上 | さらに+15% |
| 教育訓練費が前年度比+5%以上(ほか要件あり) | +10% |
| くるみん・えるぼし等の認定 | +5% |
これらをすべて満たすと、給与等の増加額の最大45%を税額から控除できます。たとえば年間の給与等支給額の増加が500万円で、控除率が合計30%なら150万円、最大の45%なら225万円が法人税から差し引かれる計算です。賃上げで増えたコストのうち、相応の部分を税で取り戻せることが分かります。
赤字でも使える — 5年間の繰越控除
控除はその年に納める税額が上限になるため、赤字や利益が少ない年には、せっかくの控除枠を使い切れないことがあります。ここを補うのが、中小企業向けに新設された繰越控除です。控除しきれなかった分は、最大5年間くりこして使えます。
ポイントは、今は払う税が少なくても、賃上げの戻りを将来に持ち越せるということです。賃上げの判断を「今期の納税額がいくらか」だけで止めずに済みます。賃上げを続けて業績が上向いたときに、繰り越した控除をまとめて使える設計になっています。
なお、賃上げ促進税制は令和8年度の税制改正で制度の見直しが予定されています。適用する事業年度によって要件や控除率が変わり得るため、申告にあたっては中小企業庁・国税庁が公表する、その事業年度向けの最新情報を必ず確認してください。
賃上げを採算で捉える3ステップ
税の戻りが分かっても、それだけでは賃上げの是非は判断できません。増えた人件費が採算にどう効くかを、原価の見える化と同じ順序でつかむのが近道です。
ステップ1|人件費を固定費と変動費に分ける
まず人件費を、売上や生産量に連動する部分(変動費的な人件費)と、連動しない固定的な人件費に分けます。賃上げ分がどちらをどれだけ押し上げたかが切り分けられると、損益分岐点や限界利益への効き方が見えます。人件費がひとまとめだと、賃上げの影響が採算のどこに出ているかを追えません。
ステップ2|賃上げ分を製品・案件別に割り当てる
次に、増えた人件費を製品・案件・取引先ごとに割り当てます。製造現場の人件費なら製品の原価に、間接部門の人件費なら共通費として作業時間などの基準で各製品へ配分します(配賦)。ここまで行うと、賃上げによって、どの製品・案件の利益がいくら削られるかが個別に見えます。
ステップ3|税の戻りと採算を重ねて判断する
最後に、賃上げ促進税制で戻る税額を重ねます。製品・案件あたりに乗った賃上げコストから、税の戻り分を差し引けば、賃上げの正味の負担が見えます。採算が割れる取引は価格や数量で調整を検討し、税の戻りで吸収できる取引は続ける——というように、税と採算の両面で取引ごとに判断できるようになります。
「人件費がどんぶり勘定」だと、なぜ判断を誤るのか
賃上げの影響が読めない会社の多くは、賃上げの意欲ではなく、人件費が見える形になっていないことが背景にあります。たとえば次のような状態です。
- 人件費がひとつの固定費に埋もれている — 賃上げ分が製品・案件あたりいくらに当たるかを示せず、採算への効き方が読めない。
- 製品・案件別の採算が見えない — どの取引の利益が賃上げで削られたかを特定できず、価格見直しの的を絞れない。
- 税の戻りを採算に織り込めていない — コスト増だけが見えて、税で取り戻せる分を加味した正味の負担で判断できない。
いずれも、人件費の固変分解・配賦・製品別の採算把握という人件費の見える化で解けます。人件費が説明できる数字になれば、賃上げは「コストが増えるから慎重に」ではなく「税の戻りと採算を踏まえて前向きに進める」という意思決定に変わります。
Excelから始めて、続く形にする
第一歩はExcelで十分です。主要な製品・案件をいくつか取り出し、人件費の固変分解と配賦を手計算で試し、賃上げ分を当てはめるだけでも、採算への効き方は見えてきます。ただしExcelは属人化・更新遅延・履歴が追えないという弱点を抱えやすく、賃上げが毎年続き、税制も見直されるなかで、毎期の運用に乗せる段階では限界が出ます。
順序としては、まず棚卸しと固変分解で人件費の構造を固め、その構造を崩さずに運用へ乗せるのが定石です。配賦の基準を一度決めたら頻繁に変えないことも重要で、基準が動くと期間比較ができず、賃上げの影響の推移を追えなくなります。
AI管理会計ビルダーでの解き方
AI管理会計ビルダーは、この「人件費の見える化→採算判断→税の戻りの織り込み」という前工程を、AIで圧縮して支援します。業務を棚卸しして人件費を含む固定費・変動費を切り分け、製品・案件・取引先の単位で原価と採算を可視化し、SaaSのテンプレートに縛られない会社固有の原価管理をデータ基盤から構築します。賃上げがどの取引の採算にどれだけ効くかを、いつでも数字で取り出せる状態を、無理なく続く形でつくります。
賃上げで増える人件費が、どの製品・案件の採算にいくら乗るか。まずは自社の「人件費が見えていない度合い」を測ることから始められます。
よくある質問
賃上げ促進税制とはどんな制度ですか?
中小企業の控除率は何%まで上がりますか?
赤字でも賃上げ促進税制は使えますか?
賃上げ分は原価や採算にどう影響しますか?
正確な原価計算ができていなくても備えられますか?
関連リンク
- ガイド: 管理会計を始める前の業務棚卸しのやり方
- ガイド: 人件費・共通費の配賦の決め方
- ガイド: 価格転嫁の前にやる原価の見える化
- ガイド: 変動費・限界利益の出し方
- 制度: 補助金(IT導入・ものづくり)と原価の見える化
- 用語: 固変分解とは / 限界利益とは / 配賦とは
- 業種別: 人材・労働集約型の「稼働者別の採算が見えない」を直す
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